青年Aの独白
夏が来た。
比較的寒いこの地域でさえ、スーツが湿って体にくっつく。
世間は新型ウイルスで騒いでいて、帰省する人も少ないみたいだ。
僕は一足先に地元に戻り、旧友の墓を訪ねる。
どうやら最近誰かが来ていたのだろう。菊の花が太陽の下に咲いていた。
僕が他の人に見えないものが見えていると気づいたのは小学5年生の頃だった。
先生がやんちゃな生徒を叱っていた時に、先生の目の周りに青いもやがかかって見えたような気がしたんだ。
周りの友人にこっそり聞いても、見えないし分からないと言う。
それから僕は人の目をよく観察するようになった。
そしてもやの正体が悪意や怒りだと僕は考えたんだ。
よくウチの施設に来る子たちにも同じようなもやが見えることがある。
あいまいではあるけれど、僕にはどうやら他人の感情が見えているようだ。
人とは違う僕だからこそ分かることもある。
それは、ほとんどの人がそのもやを持っていると言うことだ。
そして感情がなんとなく分かるからこそ、他人と話すと気疲れした。
ただ、一人だけ。
同級生の彼だけは、目にもやがかかっている所を見たことが無かった。
彼はとても愛想がよく、優しく、賢くもあり、それでいて謙虚だった。
もやが見えない彼とは気負う必要もなくとても気楽に話せたけれど、そんな人望もある彼と暗い過去を持つ僕が一緒に居ていいのかと思う日々が続いた。
そして、彼と話した最後の日。
川岸の土手上で彼と別れる直前に、
彼の目にもやが見えた気がした。
声をかけず、ただ去った僕に幻滅したのだろうか。
とても怖かった。
唯一心を通わせた友達に悪く思わせてしまったのだから。
いまだにその光景が思い出せる。
僕は無造作にろうそくに灯をともし、置かれていたコップの水をいれかえる。
ふと、水面に映った僕の姿が目に入る。
その目には深い、深い青色のもやがかかっていた。
あぁ。そうか。
僕の見えていた感情は怒りなんかじゃなかった。
悲しみだったんだ。
彼の死んだ翌日に教室で見た情景は
全員が彼の死を悲しんでいただけに過ぎなかった。
そして僕と最後に話をしたときも、
感情をひたすら我慢していた彼の心が漏れ出たのだろう。
彼は秘密主義だったけど、
僕に一言相談してくれても良かったじゃないか。
暑い日差しが墓石と僕を照りつける。
滴り落ちる水滴は
汗か涙か、分からない。